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医療奉仕から学んだこと・01

at the Philippines Aug.1987〜Jul.1988
 
 1987年8月から1988年7月まで、平和医学アカデミー(Medical Association for World Peace、本部:豊島区)の海外派遣医として、比国にて、ほぼ一年間の医療奉仕活動に従事する機会に恵まれ、貴重な体験とともに、多くを学ばせて頂きました。


▲マニラの衆議院議員と握手
 平和医学アカデミーは、所謂、NGOで全くのボランティアからなる民間非営利団体です。1979年12月に、民間の病院の職員が中心となって、医学を通して世界の平和に貢献することを目的に東京で設立されました。国内外の医療奉仕活動、講演会、海外医学生セミナー等を行ってきています。特に、タイ国難民キャンプでの13年以上に及ぶ医療チームを派遣し、常駐させての救援活動では、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)からの援助と、引き続きの協力要請やタイ国政府から感謝状を受けるなど、高く評価されています。講演会も、東京医科歯科大学学長・加納六郎先生やニューヨーク医科大学教授・廣瀬輝夫先生にお願いするなど、とても実のあるものです。また母体となった病院の全面的協力を受けて、アジア、アフリカ各地に13年間医療奉仕団を送り続けており、比国には1984年から医療奉仕団を送っています。資金集めは会費、戸別訪問や街頭での募金、寄付金、出版物の販売などに頼っており、決して楽ではありません。いまでこそ、郵政省のボランティア貯金からの援助が多少ありますが、ほとんどは一般の方の善意の寄付です。最近は、報酬をもらうボランティアがでてきていると新聞で報じていましたが、そのような場合はボランティアとは言いません。無報酬で働く人がボランティアと呼ばれます。街頭募金や戸別訪問では色々な方に出会えて人柄の勉強にもなりましたし母校の宮田侑教授、片山伊九右衛門教授からもポケットマネーを戴きました。励ましもくださり、貴重なご助言も戴きました。公衆衛生、熱帯医学という点では、私を含めて専門的に学んだ人は少ないのですが、広い医学知識と技術を持った先生がたはあまりボランティアはなさいませんし、かといって、援助・協力が必要な所には、お金はあまりありません。危険手当等、上乗せをしないと、専門家の先生がたは、なかなか腰があがりませんし、出掛けていっても、すぐ帰ってきてしまうようです。また、帰国したら自分の職場が無くなっていた、というようなことも珍しくはなく、現地では高価な医療機器は使われず、私達の税金は行政府の首長、役人等の興味の対象になりはて、空腹者は、なお腹をすかせ、病人の薬は地域の指導者や専門家の財源に変わってしまうという現実も、全てがそうではありませんが、納税者としては見逃せない事実です。残るのは、政治家の実績と専門家の経歴と変わらぬ医療ニーズと、さらなる税金の催促です。


▲医療奉仕(1)
 一日に60,000人、年間では2,000万人が世界のどこかで飢えがもとで死んでいくのを、全くの他人事として済ませると、いまの日本のとるべき態度としては、将来にかならず禍根を残す事となるでしょう。その意味では、土屋新県政の「ネパール公衆衛生プロジェクト」は県民の一人としても目が離せないところです。所謂、天災と報道されているアフリカでの飢饉も、穀物メジャー等による買占めや高値買いによる人災との専門家の指摘もあり、世界的な経済状況を、超後開発途上国における公衆衛生水準の低下の主因とする事実認識には少し無理があるようですし、プライマリ・ケア戦略の見直しも新たな視点だという公衆衛生と経済発展という視点に立ってなされる必要性はあるにせよ、どんな価値観を高めるのか、どの様な倫理基準なのか、という別な内なる視点からの論議を経ずしては、再再度の見直しに陥る可能性を出発当初から内包していると指摘されても否定できないのではないでしょうか。とにかくJICA(国際協力事業団)の支援のもとに行う医療協力事業だとはいっても実のある税金の使われ方をしなくては、現今国民も県民も納得しないでしょうし、その場合、長続きしない可能性もあります。又、母性小児における咀嚼の重要性が一層明らかになってきた現在、もう一度公衆衛生の原点に帰ってシステム構築をしようというのならば、埼玉宣言により相応しくするためにも、例えば、歯科医師の参画を考えるのはいかがなものでしょうか。

 新生埼玉県「彩の国」の公衆衛生プロジェクトであるならば、県歯科医師会との連携も可能であろうし、JICAを通じながら地域の人々と協力して行政システムを作るのであっても、「彩の国」ならではの良さを、少しでも反映させるために行政府の役人だけでなく、土着の「彩の国の人」の参加も、開発過程への住民参加という趣旨にかなって、より実のある埼玉宣言の実践になるのではないでしょうか。(少々脱線しました。)


▲医療奉仕(2)
 私が比国に派遣された目的は、巡回医療奉仕団の受入れの準備(主にアジア数ヵ所から参加・時には欧米からも)、比国内での医療奉仕活動の指導、歯科診療所設立の準備でした。
 現地ボランティアと寝食を共にしながら活動をしてゆきますが、そこは貧しい発展途上国、おいそれとはいきません。また、JICA等の官費でのそれなりに恵まれ、守られている活動とも違い、現地のなかに、人のなかに、自分で入っていかなければなりません。ガードのいるクーラー付の住居をあてがわれ、組織も人材もはっきり分かっている活動と違い、危険は多分に有り、なかなか思うように渉外も進みませんでしたが、地に足を着けた歩みが出来たのではなかったかと思います。医療者として日本から派遣されたのは私一人でしたので、相談する人はなく、しかし、かえって動きやすかったと言えます。報告と新たな指示を受けるために、約3ヵ月毎に帰国しました。比国は今でも治安がよくありませんが、私が滞在していたときにもアキノ政権に対するクーデターがおこり、国営放送局が占拠されたり、外国人記者が流れ弾で死亡するなど今の日本では考えられないことにも遭遇し、実弾の音には恐怖心よりも武者ぶるいするような気持ちがしたのを覚えています。


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